想定外の…2.14vv
         〜789女子高生シリーズ

 


      



季節性と新型と、どっちのインフルエンザも警戒が必要なのは昨年同様。
そこへ加えて 今年の春は、
例年を大きく上回る量の花粉がふんだんに飛散するらしく。

 「さっそくにも寒暖の差が激しいと来ておりますからな。」

雨上がりの晴天日などは、
前日に地面へ落とされたものも乾いて飛ばされるから、
厳重な注意を怠らぬように、と。
何だか怪しいのですがというマスク姿の女性患者の訴えへ、
丁寧な指導を与えていた凛々しいせんせえ。
白衣姿で銀縁メガネ着装、
鋭角な面差しだが微笑うと案外温かな雰囲気になると知られており。
殊に、

 「お大事に。……と、」

受付へ手づからカルテを持って行っただけ、
診察室から出て行くの、わざわざ見送った訳ではないながら。
待ち合い室が見渡せる小窓に視線をやれば、
昼の部 最後の患者さんが、少しばかり食い込んだ昼下がり。
平日のそんな時間帯だというに、
見慣れたお顔の少女がベンチへ腰掛けている。

 「どうした。」

久蔵…と名を呼びかかり、だが。
まだ先の患者がいるのへと気がついて、名前のほうは飲み込んだ。
それだけでも意は通じたらしく、
綺麗なお膝に畳んで載せていたファー付きのハーフコートを手に取ると、
すっくと立っての向かって来るので、

 「…今からお茶だ。付き合うな?」

診察室へやたらに人を入れるのはよろしくないが、
受付の奥から回れる自宅なら問題もなかろうと。
立てた親指にて、背後にあたるそちらを指しつつ、
くすんと微笑ってお誘いすれば、

 「………。////////」

真っ赤になってのそれでも素直に頷いた紅バラさんだった。



     ◇


家令の各務さんは、
久蔵が表通りをやって来た時点から気づいておいでだったようで。
渡り廊下を通って戻った榊邸のシックな居間には、
兵庫せんせえの昼食だろう、
グリルサンドとカップにそそがれたコンソメスープ、
それからこちらは三木さんチのご令嬢のため、
一口サイズのモンブランやらミルクレープやら、
色んなケーキのアラモードというプレートと、薫り高い紅茶の用意がされてあり。

 「こちらへ来るのは大変じゃあなかったか?」

学校ももしかしてこの雪のせいでの短縮授業だったりしないか?と、
校医としての勤務日ではなかったので、あまり事情に通じてないところ、
スープ片手に訊いてくださったせんせえへ、

 「〜〜〜〜。(否、否、否)」

そういうんじゃないと かぶりを振るお嬢様。
確かに雪道はなかなかに手ごわそうで、
しかも時折雪も舞うので、
はっきり言って街路にはあんまり人の姿は見受けられず。
そんな中を病院通いか、
同じ方向へ杖をつきつつ歩いていたお年寄りがいて、
転びそうになってたの見かねてのこと、
手を引き、手荷物も預かって、上手に送って差し上げたほど。

 「…おお、また降ってきたようだぞ。」

話している間にも、ヨーロピアン調の内装を引き締めている、
チャコールのシックな窓枠の向こう。
坪庭に植わったサザンカの木に綿帽子をかぶらせて、
昨夜降ったのが解け切るのを待たずしての新雪が、
音もないまま降りしきる。

 「うんざりするほど降っているところの人には悪いが、
  雪とか海とかってのは、
  見てるだけでもテンションを上げさせる、不思議な代物だよな。」

お行儀よく食事を取りつつ、視線はついつい窓の外。
そんな兵庫せんせえのお言葉へ、
寡黙な久蔵お嬢様も、

 「………。(頷、頷)」

それは素直に頷首しておいで。
というのが、

 「…サガールの帽子。」
 「覚えていたか。」

ちなみにシャガールな、との訂正を入れてから、
くつくつと思い出したことへ柔らかく微笑った兵庫殿。
というのが、その昔のやはり雪の降った日に、
滅多にないことと興奮した、まだまだ幼かった久蔵お嬢様が。
シャガールの絵画に出て来そうなつば広の青い帽子を、
母上のクロゼットから無断で持ち出して、
それを逆さに構えると、自宅の庭じゅうをほてほてと駆け回って、
何とか雪を集めようとしたことがあり。
お母様は叱らなかったけれど、それでもお帽子は台なしとなってしまい。
何とか集めた雪もあっと言う間に消えてしまって。
何とはなくいろんなことを感じ取ったらしき結果として、
小さな肩を落としてしまった幼子へ、

 『偉いな、久蔵は。』

代わりに集めてほしいとか、大人に頼ろうとは思わなかったんだ。
帽子を内緒で持ち出したからか?
自分だけのものにしたくて集めたかったからか?
違う?
自分で集めてお母様に見てほしかったのか、それは偉かったな。
でも今日のは、ちょっとしか降らなかったんだ。
今度たっくさん降ったら、そうさな、
断熱効果のあるアルミのシートってのがあるからさ、
それを広げて集めような、と。
ほとんど口を開かぬままの、
うんとかううんとか首を振るだけの少女から、
それだけのお話を引っ張り出したのが、
風邪を引いたらどうするかと、
そっちをこそ案じられ、呼ばれていた主治医のせんせえで。

 「あれ以来、あんまり大雪にはならなんだものな。」

約束が果たせないうちに、大きくなってしまった少女は、
気がつけば…雪もお花もわざわざ集めたり手折ったりせずとも、
どう思ったかを話せば、お母様を喜ばせることが出来るのだと知った。
彼女の両親は、仕事が何より優先と、
子供の話なんかと聞こうともせずの、
何が何でもこっちを向いてくれないような人たちじゃあなかったから。
そうだったんだと微笑ってくれた、
雪をいっぱい集めたくって、大きい帽子をって選んだんだと、
ぎゅってしてくれて、微笑って判ってくれたから。

  それとね、その時から
  一人でいるの、あんまり寂しいと思わなくなった。

ずっと傍にいるワケじゃなくとも、判ってくれる人がいるから。
だから平気、だから大丈夫って。

 「…………。」

恐らくは北白金の“アルマージュ”、
マロンクリームと生クリームの比率が絶妙な、
絶品モンブランを美味しく頂いてから。
くるんと丸めてソファーの隅っこに置いていた、
コートの中から小さな紙袋を取り出すと。
その中に入れて来た、小さな包みを掴み出し、
ん、と。
兵庫せんせえへと突き出した。

 「…お前ね。」

こういうときは“どうぞ”とか言ってだな、
それも両手で捧げ持って丁寧に渡すもんだぞと。
親御さんからのお使いものらしき紙包み、
どらと受け取りぐるりを見回したものの、

 “  …………………ん?”

そういうものの場合は、
親しいからとご挨拶をすっ飛ばす、
そんなズボラをしかねないお嬢様なのも見透かしてのこと、
ご両親からのメッセージカードがどこかに挟まっているはずが。
包装紙の隙間のどこにも見当たらない。
紙袋の方はさっさか畳まれてしまっており、
中に落ちている様子もなさそうで。

 「???」

あれあれ? 何かおかしいなと思いつつ、
テープ留めされているところを、ペーパーナイフで丁寧にそいでから、
はらりと包装紙を取り除けば。
中に入っていたのは、
いかにも手作りらしきマカロンの詰められた、
セロファンの小袋とそれから、

  蓋に見事な彫金細工の施された、
  懐中時計の……

 「…こういう注文も出来るんだな。」

蓋と鎖だけとはなと、
それだけにしたって結構な逸品らしき代物へ、
口元をほころばせた兵庫せんせえ。

 「ああそうか。
  こないだ鎖が曲がったとこぼしたの聞いてたな。」

脈を取ったり呼吸数を数えたり。
腕時計でも事は足りるが、
父上からこの診療所と一緒に譲り受けた時計だからと、
それは大事に使い続けておいでの懐中時計。
もはや榊せんせえの一部でもあるほどのそれ、
ちゃんと見知っていての、
状態の把握もしていた久蔵お嬢さんだったようであり。

 「チョコ味のお菓子と共にということは、
  バレンタインデーだから、かな?」

 「………。(……頷)/////////」

揃えたお膝へ白い手戻し、
心なしか肩をすぼめて、うんうんと頷く様子が、
何とも素直で愛らしく。

 “かつてのこやつも、このくらい判りやすかったなら。”

随分と破天荒だった日々のその顛末、何かが変わっていたかも知れぬ。
だがだが、だったらだったで、
あのような劇的な展開もなかったかもで。

 「ありがとうな。
  明日にでも時計屋に持ってって、付け替えてもらうから。」

取り替えるというのは、何も前のを捨てるってことじゃあない。
もしやして捨てるとか手放すこととなっても、
どれだけ大切にしていたかを覚えておれば大丈夫、と。
大事にしていた縫いぐるみやお人形、
いつまでも手放さないお嬢様だったのを説き伏せたのも、
そういや、このせんせえだったとか。

 「こっちはお手製か? そうか大したものだな。」

ココア色したマカロンを、くすすと微笑って手に取ると、
ケーキの取り皿の余っていたのへとあけて、
どおれと摘まんだ若せんせえ。
ご本人が気づいてる以上に、深い笑みにて破顔しておいでなの、
こちらもほこほこ、胸底を温めつつ、
嬉しそうに目許をたわめた、紅バラさんだったそうでございます。


BACK/ NEXT



戻る